Return to 一般相対論的時空の表し方

アインシュタイン方程式と人生最大の過ち?

アインシュタイン方程式なんかを勉強すること自体が人生最大の過ちだ,という意味ではないので念のため。(「人生最大の過ち」で,とっさに「結婚」とかを思い浮かべてしまうようでは,まだまだ修行がたりません… )

リッチテンソル・リッチスカラー

リーマンテンソルの成分 \(R^{\sigma}_{\ \ \mu\nu\rho}\) から以下のような縮約(添字同士をアインシュタインの規約で足しあげること)をとって作られる \( R_{\mu\rho} \) をリッチテンソルの成分という。
\begin{equation}
R_{\mu\rho} \equiv R^{\nu}_{\ \ \mu\nu\rho}.
\end{equation}
また,さらに \(g^{\mu\rho}\) で縮約して得られる
\begin{equation}
R \equiv g^{\mu\rho} R_{\mu\rho}
\end{equation}
リッチスカラーと呼ぶ。これで,アインシュタイン方程式の左辺を表す道具立てが揃った。

アインシュタイン方程式

さあ,いよいよアインシュタイン方程式である。リッチテンソルリッチスカラーを使うと,アインシュタイン方程式は以下のように書かれる。
\begin{equation}\label{eq:ein1}
R_{\mu\nu} – \frac{1}{2}g_{\mu\nu}\, R = \frac{8\pi G}{c^4}
T_{\mu\nu}.
\end{equation}
ここで,\(T_{\mu\nu}\) は物質のエネルギー運動量テンソルであり,\(G\) は万有引力定数,\(c\) は光速である。

右辺は,時空に存在する物質のエネルギーと運動量を表し,左辺はその物質の存在によって時空が曲がる,その曲がり具合を表す。

アインシュタインテンソル

アインシュタイン方程式の左辺にあらわれる,リッチテンソルリッチスカラーの組み合わせをあらたに

$$G_{\mu\nu} \equiv R_{\mu\nu} – \frac{1}{2}g_{\mu\nu}\, R$$
と定義して,\(G_{\mu\nu}\) をアインシュタインテンソルの成分と呼ぶ。

宇宙項と人生最大の過ち?

アインシュタイン方程式の左辺はなぜこの形に書かれるのか。なぜ時空の曲がり具合を直接あらわすリーマンテンソルそのものではなく,リッチテンソルリッチスカラーが現れるのか。これらの疑問への回答は本稿では述べる余裕がない。ここでは,この形は種々の物理的要請を満たすもののうちで最も単純なものであり,その単純さが,提唱後100年以上に渡る実証実験によっても変更をせまられることはなかったということを強調しておくにとどめることにする。

いや,細かく言うならば,1916年に発表されたこの式の左辺は,その翌年,1917年に他ならぬアインシュタイン自身によって一旦変更が加えられている。

ニュートン同様,宇宙は永久不変であるべしと考えていたアインシュタインは,自身の提案した式からは永久不変な宇宙モデルが得られないことに気づいた。そこで彼は,永久不変な静止宇宙モデルを得るため,万有引力と反対向きの斥力を作り出す項を次式のように左辺に付け加えた。
\begin{equation}
R_{\mu\nu} – \frac{1}{2}g_{\mu\nu}\, R + \Lambda\,g_{\mu\nu}
= \frac{8\pi G}{c^4}
T_{\mu\nu}.
\end{equation}
ここで \(\Lambda\) は宇宙定数と呼ばれる(正の)定数であり,宇宙定数に比例した項 \(\Lambda\,g_{\mu\nu}\) は宇宙項と呼ばれる。

さて,宇宙項の導入によって静止宇宙モデルを得ることができたアインシュタインだったが,話はここで終わらない。この静止宇宙モデルは不安定であり,わずかな摂動で力の均衡が崩れ,宇宙は膨張または収縮に転じるという問題もあったが,それだけではない。

ハッブル・ルメートルの法則:膨張宇宙の発見

1929年,その後の宇宙論研究を決定づける研究結果が発表された。ハッブル・ルメートルの法則(現在ではハッブルの法則ではなくハッブル・ルメートルの法則と呼ぶのがお作法)である。

ハッブル・ルメートルの法則とは,直接的には遠方の銀河の後退速度(という観測量)がその距離(という観測量)に比例するという法則,つまり2つの観測量間の比例関係を表している。

この関係に,宇宙は大域的・平均的にみれば一様等方であるという(作業仮説としての)「宇宙原理」の仮定を付け加えると,ハッブル・ルメートルの法則が表しているのは個々の銀河の運動ではなく,銀河が入っている入れ物である宇宙空間そのものの膨張なのだ,という結論が導かれる。

宇宙は静止などしていない。「宇宙は膨張している」のである。この事実を聞いたアインシュタインは,宇宙定数を導入したことは「人生最大の過ち」だったとして取り下げてしまう。

果たして本当に人生最大の過ちだったのだろうか?

実は,アインシュタインが葬り去ったはずの宇宙定数は,現代の宇宙論研究においても,ビッグバン宇宙以前のインフレーションを引き起こした「真空のエネルギー」や,現在の宇宙を加速膨張させている「ダークエネルギー」などと名前を変えて重要な役割を担っているのだ。