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膨張宇宙における光の伝播と赤方偏移

FLRW 時空における光の伝播を測地線方程式から解く。

FLRW 時空であっても,光が伝播する経路はヌル測地線で与えられる。別ページで述べたように,

  • 光の経路を表す世界線を \(x^{\mu}(v)\),\(v\) はアフィンパラメータ
  • この世界線の接ベクトルが,光の4元ベクトル。その成分は
    $$k^{\mu} = \frac{dx^{\mu}}{dv}$$
  • ヌル条件は $$g_{\mu\nu} k^{\mu} k^{\nu} = 0$$
  • 測地線方程式としては \(k_{\nu} \equiv g_{\nu\mu} k^{\mu}\) として以下の式を使う。
    $$\frac{dk_{\nu}}{dv} = \frac{1}{2} g_{\lambda\mu, \nu} k^{\lambda} k^{\mu}$$

FLRW 時空

一様等方な膨張宇宙モデルを表す FLRW 時空の計量は以下の表示を採用する。

\begin{eqnarray}
ds^2 &=& -dt^2 + a^2(t) \gamma_{ij} dx^i dx^j \\
&=& -a^2(\eta) d\eta^2 + a^2(\eta) \Bigl(d\chi^2 + \sigma^2(\chi)\left(d\theta^2 + \sin^2\theta d\phi^2 \right) \Bigr)
\end{eqnarray}

ここで,$a(\eta) d\eta \equiv dt$ で定義される $\eta$ は共形時間 (conformal time) と呼ばれる時間座標である。$\displaystyle \frac{d a}{dt} = \dot{a}$  と表記しているので,$t$ での微分と区別して,$\eta$ での微分は以下のように表記する。

$$\frac{d a}{d\eta} = a’$$

また,$\sigma(\chi)$ は「定曲率空間計量のいくつかの表示例」に書いたように,

$$\sigma(\chi) = \frac{\sin \left( \sqrt{k} \chi\right)}{\sqrt{k}}$$

上記のように線素を書くことによって,座標は以下のようにとっていること
$$x^{\nu} = (x^0, x^1, x^2, x^3) = (\eta, \chi, \theta, \phi)$$
および計量テンソルのゼロでない成分は

\begin{eqnarray}
g_{00} &=& -a^2(\eta) \\
g_{11} &=& a^2(\eta) \\
g_{22} &=& a^2(\eta) \sigma^2(\chi)\\
g_{33} &=& a^2(\eta) \sigma^2(\chi) \sin^2\theta
\end{eqnarray}

であり,それ以外の成分は全てゼロであることを一挙に表している。

測地線方程式

$$\frac{dk_{\nu}}{dv} = \frac{1}{2} g_{\lambda\mu, \nu} k^{\lambda} k^{\mu}$$

この式から,一般に計量テンソルの成分 $g_{\lambda\mu}$ が座標 $x^{\nu}$ 依存性をもたない場合は,$$ g_{\lambda\mu, \nu} = 0 \quad\Rightarrow\quad \frac{d k_{\nu}}{dv} = 0 \quad\Rightarrow\quad  k_{\nu} = \mbox{const.} $$となり \(k_{\nu} \) 成分が保存量となることがわかるのであった。

$k^0$ の解

FLRW 計量の成分はスケール因子 $a(\eta)$ を通して $x^0 = \eta$ に依存しているが,ヌル条件より

\begin{eqnarray}
\frac{d k_0}{dv} &=& \frac{1}{2} g_{\lambda\mu, 0} k^{\lambda} k^{\mu}\\
&=& \frac{a’}{a} g_{\lambda\mu} k^{\lambda} k^{\mu} = 0 \\
\therefore\ \ k_0 &=& \mbox{const.} \equiv – \omega_c
\end{eqnarray}

$$\therefore\ \ k^0 = \frac{k_0}{g_{00}} = \frac{\omega_c}{a^2}$$

$k^3$ の解

また,FLRW 計量の成分は $x^3 = \phi$ を含まないので

\begin{eqnarray}
k_3 &=& \mbox{const.} \equiv \ell\\
\therefore\ \ k^3 &=& \frac{\ell}{g_{33}} = \frac{\ell}{a^2 \sigma^2 \sin^2\theta}
\end{eqnarray}

空間が一様等方であることから,今後は動径方向の光の伝播を考えれば十分である。したがって
$$\ell = 0\quad\Rightarrow\quad k^3 = 0$$とする。

$k^2$ は初期条件から

$\displaystyle k^2 = \frac{d\theta}{dv}$ については

$$g_{22} \frac{d k^2}{dv} + \frac{d g_{22}}{dv} k^2 = a^2 \sigma^2 \sin\theta\, \cos\theta \left(k^3\right)^2$$

であるから,初期条件として $v = 0$ で $\displaystyle \theta = \frac{\pi}{2}, k^2 = 0$ とすると $\displaystyle \frac{dk^2}{dv} = 0$ であり,その後も常に $k^2 = 0$ とすることができるので,この初期条件を採用し,
$$\theta = \frac{\pi}{2}, \quad k^2 = \frac{d\theta}{dv} = 0$$とする。

このことは

等方性により,一般性を失うことなく
赤道面上に軌道を制限できる

ことを初期値問題として示したものである。でも,空間が一様等方であることから今後は動径方向の光の伝播を考えれば十分であるから,$k^2=0$ とする,としたほうが簡単。

$k^1$ はヌル条件から

さて,これまでのところ,わかったのは

$$k^0 = \frac{\omega_c}{a^2}, \quad k^2 \Rightarrow 0, \quad k^3 \Rightarrow 0$$

残りの $\displaystyle k^1 = \frac{d\chi}{dv}$ については,ヌル条件より

\begin{eqnarray}
g_{\mu\nu} k^{\mu} k^{\nu} &=& -a^2 \left(k^0 \right)^2 + a^2 \left(k^1 \right)^2 \\
&=& 0 \\
\therefore\ \ k^0 &=& \pm k^1 \\
\frac{d\eta}{dv} &=& \pm \frac{d\chi}{dv} \\
\therefore\ \ \frac{d\chi}{d\eta} &=& \pm 1
\end{eqnarray}

これが膨張宇宙における動径方向の光の軌道を決める式である。

FLRW 時空中の共動観測者

FLRW 時空を満たす完全流体と共に運動する観測者,つまり共動観測者4元速度 \(u^{\mu}\) は
$$ u^{\mu} = \frac{dx^{\mu}}{d\tau} = (u^0, 0, 0, 0) = \left(\frac{1}{a}, 0, 0, 0 \right)$$

$\displaystyle u^0 = \frac{1}{a}$ となるのは規格化条件 $g_{\mu\nu} u^{\mu} u^{\nu} = g_{00} (u^0)^2 = -1$ より。

共動観測者が観測する光の振動数

4元速度 \(\boldsymbol{u}\) の観測者が観測する光の振動数 \(\omega\) は,一般相対論においても以下のように定義されるのであった。

$$\omega \equiv  – k_{\mu} u^{\mu}$$
4元ベクトル同士の内積として定義される振動数は,当然ながら座標の取り方によらない不変スカラー量である。

FLRW 時空中の共動観測者が観測する光の振動数は,

$$\omega = -k_0 u^0 = \frac{\omega_c}{a(\eta)} \propto \frac{1}{a(\eta)}$$
となり,同じ光源から放たれた同じ光を観測していても,現在時刻で共動観測者が観測する振動数 \(\omega\) は光が放出された時刻のスケール因子に反比例することになる。

宇宙膨張による赤方偏移

特に時刻 \(\eta = \eta_e\) に共動観測者が振動数を \(\omega_e\) と測定した光を,現在時刻 \(\eta = \eta_0 > \eta_e\)  に別の共動観測者が測定するときの振動数を \(\omega_0\) とすると,膨張宇宙では,スケール因子 \(a(\eta)\) は時間の単調増加関数($a(\eta_e) < a(\eta_0) \equiv a_0$)であるため,
$$\frac{\omega_0}{\omega_e} = \frac{a(\eta_e)}{a_0} < 1$$
となる。

光の波長 \(\lambda\) は振動数に反比例するから,光が(過去に)放たれたときの波長を $\lambda_e$,それを現在($\eta = \eta_0$)観測したときの波長を $\lambda_0$ とすると,任意の時空において

\begin{eqnarray}
z &\equiv&  \frac{\lambda_0-\lambda_e}{\lambda_e} \\
&=& \frac{\omega_e}{\omega_0} – 1 \\
\therefore\ \ 1+ z &=& \frac{\omega_e}{\omega_0}
\end{eqnarray}
と書いて,波長の変化の割合をあらわす $z$ を赤方偏移と定義する。

FLRW 時空においては

\begin{eqnarray}
1+ z &=& \frac{\omega_e}{\omega_0} = \frac{a_0}{a(\eta_e)}
\end{eqnarray}

スケール因子 \(a(\eta)\) が小さかった過去に放出された光を現在観測すると,波長が伸びて($z>0$) 観測される。可視光では波長の長い光は赤く見えるので,たとえ可視光でなくても,宇宙膨張によって一般に光(電磁波)の波長が伸びて観測されることを光の赤方偏移と呼んでいるのであった。

 

赤方偏移と座標値との関係

時刻 \(\eta\) に動径座標 \(\chi\) の位置から放出された光を現在時刻 \(\eta_0\) に動径座標 \(\chi = 0\) の位置で観測したときの赤方偏移 \(z\) は以下の式で表されるのであった。

$$1 + z = \frac{a_0}{a(\eta)}$$

また,$\eta \rightarrow \eta_0$ すなわち $d\eta > 0$ のとき $\chi \rightarrow 0$ すなわち $d\chi < 0$ であるから,膨張宇宙における動径方向の光の軌道を決める式は,

$$\frac{d\chi}{d\eta} = \pm 1 \Rightarrow -1$$

である。これらを使うと,$\eta$ や $\chi$ という座標値を赤方偏移 $z$ を使って表すことができる。

まず,宇宙年齢の項で導いた式

$$\frac{d}{dt}\left(\frac{a}{a_0}\right) =
H_0 \sqrt{\Omega_{\rm m} \left(\frac{a_0}{a}\right)
+\left(1 – \Omega_{\rm m} – \Omega_{\Lambda}\right)
+ \Omega_{\Lambda} \left(\frac{a}{a_0}\right) ^2}$$

に $\displaystyle \frac{a}{a_0} = \frac{1}{1 + z}, \ dt = a d\eta$ を入れて整理すると,

$$-\frac{1}{H_0 a_0} \frac{dz}{\sqrt{\Omega_{\Lambda} +\left(1 – \Omega_{\rm m} – \Omega_{\Lambda}\right)(1+z)^2 + \Omega_{\rm m} (1+z)^3}} = d\eta = – d\chi$$

$$\therefore\ \ \chi = \eta_0 -\eta = \frac{1}{H_0 a_0} \int_0^z \frac{dz}{\sqrt{\Omega_{\Lambda} +\left(1 – \Omega_{\rm m} – \Omega_{\Lambda}\right)(1+z)^2 + \Omega_{\rm m} (1+z)^3}}$$

この式は,時刻 \(\eta\) に動径座標 \(\chi=0\) の位置から放出された光を現在時刻 \(\eta_0\) に動径座標 \(\chi\) の位置で観測した場合にも同様に成り立つ。($\frac{d\chi}{d\eta} = \pm 1 \Rightarrow +1$ とするだけ。)

この式は,やがて宇宙論的距離の定義で,距離を宇宙論パラメータを含めた赤方偏移の関数として表す際に必要になります。