X線回折法では,試料表面からどの程度の深さの情報が得られるのでしょうか?
それは,X線が試料から受ける吸収の程度によります.以下,リガクジャーナルの「薄膜X線測定法 基礎講座」[1]から引用しますと,回折X線のうちの99%の強度が得られるX線侵入深さを有効厚 t として定義すると,それはX線の入射角αと回折角2θ,そして試料の線吸収係数μ (長さの逆数の次元をもつ)に依存して,
となります.この4.61という値の正体は,log(1/(1-0.99)) です.また,特に対称反射の場合は,2θ = 2 α ですので,
となります(それほど難しい話でもないので,導出は省略します).(2020-12-11:この式を訂正…ひどい間違いが1年以上放置されていたなぁ.)
そして,Cu-Kα線のSi(111)面による反射について,t の値が次のように計算されると述べられています.
対称反射測定: 38.4 μm
薄膜法測定(α = 0.5°):2.7 μm
ここでは,それを導いてみましょう.
まず,Si(111)の回折角2θを 28.42°とします.問題は線吸収係数 μ ですが,これはカリティ本[2]の付録8で,質量吸収係数 μ/ρ が 65.32 cm2/g という値が与えられています(その出典は,International Tables for X-Ray Crystallography だそうです).これに(室温付近での)密度ρ = 2.33 g/cm3 を乗じて,μ = 152 cm-1 となります(念のため補足すると,これの逆数である 65.8 μm を通ると,Cu-Kα線が e-1 に減弱するということです).
これらの値を代入しましょう.対称反射測定と薄膜法測定(α = 0.5°)で,それぞれ 37.2 μm と 2.60 μm になりました.前述の文献値と,3%ほどの差異が生じています.回折角はどんな資料でもほとんど変わらないので,質量吸収係数の参照値の違いでこの差異が生じているのでしょう.いずれにしてもこのくらいのオーダーであるということは間違いなさそうです.
これが,Si(422)面(2θ = 87.94°)になるとどうでしょうか.薄膜法測定では2.62 μm とほとんど変わらないのに対し,対称反射では 105 μm と,(111)面に比べて大きく変化します.
まとめると,薄膜法測定(非対称反射法)は,対称反射法に比べて侵入深さが浅いこと,そして侵入深さが2θにほとんど依存しないこと,この2点により,薄膜の分析に適した方法であると言えます.
参考文献
- 光永徹,薄膜X線測定法 基礎講座 第2回 Out-of-plane 測定,リガクジャーナル39(1) 26-30, 2008
- カリティ著・松村源太郎訳「新版 X線回折要論」1980,アグネ承風社