運動する時計の遅れ,運動する物体のローレンツ収縮,そして光源と観測者の相対速度によって生じる光のドップラー効果や光行差といった現象は,通常は基準となる(静止)慣性系から別の(運動する)慣性系への座標変換であるローレンツ変換を使って説明される。
このため,たとえば運動する時計の遅れに対して
「座標系がかわれば時間の進み方がかわる」
などと表現されたりするが,これは甚だ誤解をまねきやすい不適切な表現である。
この現象は,基準となる観測者が所持する時計が刻む時間と,その基準観測者に対して運動する観測者が所持する時計の刻む時間の違いをみているのだから,
「観測者(の運動状態)が異なれば時間の進み方が異なる」
という表現が本質である。
いっそのこと,ローレンツ変換という座標変換を使わずに特殊相対論的諸現象を説明できれば,「座標系がかわれば時間の進み方がかわる」などという不適切な表現も必要なくなる。
また,時間の進み方の違いは,運動する観測者に対して起こる特殊相対論的効果だけではない。「スカイツリー展望台と地上の時間の進み方の違い」のように,運動ではなく重力ポテンシャルの違いによる一般相対論的効果や,GPS衛星に搭載された時計の問題のように,運動による特殊相対論的効果と重力による一般相対論的効果がともにあらわれる場合もある。
一方で,ローレンツ変換が使えるのは,重力が関与しない特殊相対論的状況のみである。であれば,GPS 衛星の時計の問題のような,特殊および一般相対論的効果の統一的理解のためには,まず特殊相対論において
ローレンツ変換を使わずに特殊相対論的効果を理解することはできるのか?
という問いは,きわめて有意義であると考える。そして私は,この問いに対して
できますよ!
と答えてみよう。
表記について
- 4元ベクトルは太字で \(\boldsymbol{u}, \boldsymbol{k}\) などと書く。
- 4元ベクトルの成分は \(u^{\mu} = (u^0, u^1, u^2, u^3)\) などのように書く。
- 4元ベクトルを成分 \(u^{\mu}\) と基本ベクトル(基底)\(\boldsymbol{e}_{\mu} \)で表すと, \(\boldsymbol{u} =u^{\mu} \,\boldsymbol{e}_{\mu}\)
- ギリシャ文字 \(\lambda, \mu, \nu, \dots\) は \(0\) から \(3\)。
- 2つの4元ベクトルの内積は \(\cdot\) 記号であらわす。
基本ベクトル同士の内積が計量テンソルの成分 \(\eta_{\mu\nu}\) (一般相対論の場合は \(g_{\mu\nu}\))となる。
\begin{eqnarray}
\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{k} &=& \left( u^{\mu}\, \boldsymbol{e}_{\mu} \right) \cdot\left( k^{\nu}\, \boldsymbol{e}_{\nu} \right) \\
&=& \boldsymbol{e}_{\mu}\cdot \boldsymbol{e}_{\nu}\, u^{\mu}\, k^{\nu} \\
&=& \eta_{\mu\nu}\, u^{\mu} k^{\nu} \quad\mbox{特殊相対論の場合}\\
(&=& g_{\mu\nu}\, u^{\mu} k^{\nu} \quad\mbox{一般相対論の場合})
\end{eqnarray} - アインシュタインの規約により,上添字と下添字に同じギリシア文字があったら,たとえ \(\displaystyle \sum\) がなくても自動的に \(0\) から \(3\) までの和を取る。
- 特に断りなく,しばしば光速 \(c\) について \(c = 1\) とする。