Return to 円運動する観測者の時間の進み方

参考:世の中の教科書で説明されている GPS 衛星の時計の進み

世にあまたある教科書で説明されている GPS 衛星の時計の進み。例えば,以下の教科書:

では,どのように説明されているか。

シュバルツシルト時空において,半径 $r$ の円運動をする観測者(天体,人工飛翔体等いろいろ言い方があるが,以下では「時計」としよう)の時間が遅れることはよく知られており,たとえば Wikipedia (英語版)では,以下のように書かれている。

$$t_0 = f_f\, \sqrt{1 – \frac{3}{2} \cdot \frac{r_s}{r}}$$

ここで,$t_0$ は固有時間,$r_f$ は座標時間,$r_s \equiv 2GM/c^2$ は質量 $M$ の天体のシュバルツシルト半径である。

ここでは,Wikipedia の表式をそのまま引用したため,以下で我々が使う表記とは若干異なることはご了承ください。本サイトの表記にしたがえば,円運動する時計の進みは固有時間(間隔または変位) $d \tau$ であらわし,座標時間間隔は $dt$,シュバルツシルト半径(重力半径)は $r_g$ であらわして,

$$d\tau = dt \, \sqrt{1 – \frac{3}{2} \cdot \frac{r_g}{r}}$$

となる。

地球の周りをまわる GPS 衛星についてもこの式で与えられるような時間の遅れがおこることは知られていて,アメリカ国防省は事前にこの相対論的な現象に対する対策を施して GPS 衛星を打ち上げ,運用していると聞く。

では,この重力場中を円運動する時計の遅れの式がどのようにして導出されたのかを調べてみると,本来は円運動する時計の軌道について,一般相対論的な測地線方程式を解き,しかるのちに,時間の進みの定義に代入して計算すべきところを,以下のように簡単なニュートン力学的類推を使って説明されている。

上記の教科書では,円軌道を描いて運動する GPS 衛星の時計の遅れについて,だいたい以下のように説明されている。

まず,シュバルツシルト時空のメトリックと固有時間間隔 \(d\tau\) の定義は,

\begin{eqnarray} ds^2 &=& g_{\mu\nu} dx^{\mu} dx^{\nu} \\ &=& – c^2 d\tau^2 \\ &=& -\left(1 – \frac{r_g}{r}  \right) c^2 dt^2 + \frac{1}{1 – \frac{r_g}{r} } dr^2 + r^2 (d\theta^2 + \sin^2\theta d\phi^2)\end{eqnarray}

ここで$$r_g = \frac{2GM}{c^2 r}$$

赤道面(\( \theta = \frac{\pi}{2} \) 従って \(d\theta = 0 \) )上の円軌道(\(r = \mbox{const.}\) 従って \(dr = 0\) )については

\begin{eqnarray} d\tau &=& \sqrt{\left( 1 – \frac{r_g}{r} \right) dt^2 – \frac{1}{c^2} r^2 d\phi^2} \\
&=& dt \sqrt{1 – \frac{2GM}{c^2 r} – \frac{1}{c^2} r^2 \left(\frac{d\phi}{dt}\right)^2} \\
&=& dt \sqrt{1 – \frac{2GM}{c^2 r} – \frac{v^2}{c^2}} \end{eqnarray}

ここで $$\displaystyle v \equiv r \frac{d\phi}{dt}$$

は,円運動している場合のニュートン力学的な速さである。

ニュートン力学における円運動では,遠心力と万有引力のつり合いから

$$ m \frac{v^2}{r} = \frac{GMm}{r^2}, \quad\therefore \ \ v^2 = \frac{GM}{r}$$

\begin{eqnarray}
\therefore\ \ d\tau &=& dt \sqrt{1 – \frac{2GM}{c^2 r} – \frac{v^2}{c^2}} \\
&=& dt \sqrt{1 – \frac{2GM}{c^2 r} – \frac{GM}{c^2 r}} \\
&=& dt \sqrt{1 – \frac{3GM}{c^2 r} } \\
&=& dt \sqrt{1 – \frac{3}{2} \frac{r_g}{r}} \end{eqnarray}

ここで,「シュバルツシルト座標時間 \(t\) が \(dt\) だけ経過する間に,観測者の時計は \(d\tau\) 進む」と仮定すると,円運動する時計の進み $d\tau$ と $r=r_1$ に静止した時計の進み $d\tau_1$ との比は

$$\frac{d\tau}{d\tau_1} = \frac{dt \sqrt{1 – \frac{3}{2} \frac{r_g}{r}}}{dt \sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}} = \frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2} \frac{r_g}{r}}}{ \sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}}$$

これが,世の中の一般的な教科書で説明されていると思われる,ニュートン力学的類推に基づいて導かれた,重力場中を円運動する時計の遅れの式である。

しかし,この方法は \(dr = 0\) の円軌道の場合しか使えないし,ニュートン力学の結果を使っている点で何らかの近似が紛れ込んでいるのではないかと考えられる。

そこで我々は,このようなニュートン力学的類推に頼らずに,一般相対論的な定式化を行い,円軌道以外にも応用できるようにして,重力場中の観測者(時計)の運動を記述する測地線方程式を解き,時間の遅れの定義式に代入して,重力場中を円運動する時計の遅れの式を導いた。

その概要は以下のページから辿れる。

詳細な計算は本サイトのいろいろなページに散らかっているので,概要をあらためてまとめると…

  • 天体の外部重力場はアインシュタイン方程式の球対称真空解であるシュバルツシルト時空で表されるとする。
  • 球対称性により,一般性を失うことなく,軌道を赤道面上 $\theta = \pi/2$ に制限できる。
  • 時空中に静止している時計の進みは,
    • 光の伝播を求めるため,重力場中のヌル測地線方程式を解き,
    • 光の振動数を求め,
    • 各点での時間の進みは,光の振動数に反比例するとして決める。
  • 運動する時計の進みは,
    • 時空の同じ点に静止している時計の進みにローレンツ因子 $\gamma$ の逆数である $\sqrt{1-V^2}$ (ここでは $c=1$ とする)をかけた量になり,
    • 運動する時計については赤道面上の測地線方程式
      $$\frac{d^2 x^{\lambda}}{d\tau^2} + \varGamma^{\lambda}_{\ \ \ \mu\nu} \frac{dx^{\mu}}{d\tau} \frac{dx^{\nu}}{d\tau} = 0, \quad x^{\mu} = (t, r, \theta, \phi)$$
      (ここで,$\varGamma^{\lambda}_{\ \ \ \mu\nu}$ はクリストッフェル記号)を解いて, $\sqrt{1-V^2}$ を求め,
  • 最終的には,運動する時計の進みを $\Delta \bar{t}$,$r=r_1$ に静止している時計の進みを $\Delta t_1$  とすると,…

$$
\frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1} =
\frac{1 – \frac{r_g}{r}}{\epsilon \sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}}
$$

ここで,$\epsilon$ は運動する時計の測地線方程式を解いた際に得られた定数であり,もう一つの定数 $\ell$ と共に表すと以下のようになっている。

$$\frac{dt}{d\tau} = \frac{\epsilon}{1 – \frac{r_g}{r}}, \quad \frac{d\phi}{d\tau} = \frac{\ell}{r^2}$$

また,4元速度の規格化条件から $\epsilon$ と $\ell$ は以下の関係を満たさなければならない。

$$\left(\frac{dr}{d\tau}\right)^2 = \epsilon^2 – \left( 1-\frac{r_g}{r}\right) \left( 1 + \frac{\ell^2}{r^2}\right)$$

ここまでが(軌道を赤道面上に限ったものの,一般性は失われていないので)一般的な式である。

特に円軌道の場合は,$\epsilon$ が簡単に(厳密に)解けて,

$$\epsilon = \frac{1-\frac{r_g}{r}}{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}$$

これを代入すると,

$$\frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1} = \frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}}$$

ニュートン力学的類推から得られた式と比較するために,あらためて $\frac{\Delta \bar{t}} \rightarrow d\tau$,$r_1 \rightarrow \infty$ として $\Delta t_1 \rightarrow dt$ と置き換えると

$$d\tau = dt \, \sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}$$

これは,我々が一般相対論的手法で(がんばって)導いたこの式は,ニュートン力学的類推に基づいて求めた式と(くやしいことに・当然ながら)一致する。

ニュートン力学的類推の方が簡単に導出できたように見えるが,しかし,この方法は \(dr = 0\) の円軌道の場合しか使えないし,ニュートン力学の結果を使っている点で何らかの近似が紛れ込んでいる可能性があった。

その点,我々の方法は円軌道以外の一般的軌道の場合にも使えるし,円軌道の場合には一般相対論的な厳密解として導いたという点でも意義があると考える。

では,なぜニュートン力学的類推に基づいた結果が,一般相対論的に厳密に求めた結果と一致したのであろうか?それを調べるのが,新たな使命となったわけだが,この続きは別のページに…

概要をまとめると,

  • 円軌道の場合は,測地線方程式を解く際にあらわれた2つの定数が厳密に解けて

$$\epsilon = \frac{1 – \frac{r_g}{r}}{\sqrt{1 – \frac{3}{2} \frac{r_g}{r}} }, \quad\ell = r \frac{\sqrt{\frac{1}{2} \frac{r_g}{r}}} {\sqrt{1 – \frac{3}{2} \frac{r_g}{r}}}$$

これを使うと

$$\frac{d\phi}{d\tau} = \frac{\ell}{r^2}$$

より,$\phi$ に対する測地線方程式から得られた結果が

\begin{eqnarray}
r \frac{d\phi}{dt} &=& \frac{\ell}{r} \frac{1 – \frac{r_g}{r}}{\epsilon} \\
&=& \sqrt{\frac{1}{2} \frac{r_g}{r}} \\
&=& \sqrt{\frac{GM}{r}}
\end{eqnarray}

となり,偶然にもニュートン力学における遠心力と万有引力の釣り合いの式(あるいは向心力が万有引力である式)と一致する!

これが,円軌道の場合において,ニュートン力学的類推によって求めた時間の遅れの式が,一般相対論的な統一的取り扱い手法によって求めた式と一致する理由である。