Return to 重力場中の時間の進み方

円運動する観測者の時間の進み方

シュバルツシルト時空において,

  • \(r = r_1 (=R)\) (地上を想定)に静止している時計の進みを \(\Delta t_1\)
  • 上空を半径 \(r (> R)\) の円軌道を描いて運動する時計の進みを \(\Delta \bar{t}\)
  • 動径座標 \(r\)に静止している時計の進みを \(\Delta t\)

とする。

このとき,半径 \(r (> R)\) の円軌道を描いて運動する時計の進み \(\Delta \bar{t}\) と,地上 \(r = r_1 ( = R)\) に静止し続けている時計の進み \(\Delta t_1\) の比 \(\displaystyle \frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1}\) はどうなるか,という話。

異なる地点に静止している時計の進みの比

まず, 異なる地点に静止している時計の進み方の比は,既に説明したように

$$\frac{\Delta t}{\Delta t_1} = \frac{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}} $$

ローレンツ因子

次に,同じ動径座標 \(r\) に静止している時計の進み \(\Delta t\) と,速さ \(V\) で運動している時計の進み \(\Delta \bar{t}\) は,特殊相対論の場合と同様に一般相対論的状況下においても,ローレンツ因子の逆数である \(\sqrt{1 – V^2}\) だけ異なるはずである。(\(c = 1\))

静止観測者からみた,円運動する観測者に関するローレンツ因子 \(\gamma\) は

$$\gamma\equiv \frac{1}{\sqrt{1-V^2}} =  \frac{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}$$

であったから,

$$ \frac{\Delta \bar{t}} {\Delta t} = \sqrt{1 – V^2} = \frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r}}}$$

静止観測者からみた円運動する時計の進み

ということで,最終的には

$$ \frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1} = \frac{\Delta t}{\Delta t_1} \frac{\Delta \bar{t}} {\Delta t} = \frac{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}}  \frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r}}} =
\frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}} $$

この式から上空を運動している人工衛星や国際宇宙ステーションの時計は,地上の時計と比べて必ずしも進むだけだったり,また遅れるだけだったりではないということがわかる。上記には,より上空の重力ポテンシャルの浅い場所にあることによる時計を進ませる効果と,運動していることにより時計を遅れさせる効果の両方が入っている。

\(r = r_1 \gg r_g\) に静止している観測者からみていると,円軌道の半径 \(r\) が小さくなればなるほど,この円運動する時計の進み \(\Delta \bar{t}\) は小さく・ゆっくりになっていき,\(\displaystyle r \rightarrow \frac{3}{2} r_g = \frac{3GM}{c^2}\) で \(\Delta \bar{t} \rightarrow 0\) となる。

Maxima-Jupyter による計算例


円軌道を描いて運動する時計の進み

半径 $r_1$(地上を想定)に静止している時計の進みを $\Delta t_1$,半径 $r$ ($r > r_1$ つまり上空を想定)に静止している時計の進みを $\Delta t$,半径 $r$ の円軌道上を運動する時計の進みを $\Delta \bar{t}$ とすると,
$$\frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1} =  \frac{\sqrt{1 – \frac{3}{2}\frac{r_g}{r}}}{\sqrt{1 – \frac{r_g}{r_1}}}$$

In [1]:
Dtratio: sqrt((1-3/2*rg/r)/(1-rg/r1));
Out[1]:
\[\tag{${\it \%o}_{1}$}\sqrt{\frac{1-\frac{3\,{\it rg}}{2\,r}}{1-\frac{{\it rg}}{r_{1}}}}\]

時間の進みが等しくなる,つまり Dtratio = 1 となるのは…

In [2]:
solve(Dtratio = 1, r);
Out[2]:
\[\tag{${\it \%o}_{2}$}\left[ r=\frac{3\,r_{1}}{2} \right] \]

地球上空 ($r > r_1$) を円軌道を描いて運動する物体の時計は,
$r_1 < r < \frac{3}{2} r_1$ なら $\displaystyle \frac{\Delta \bar{t}}{\Delta t_1} = $ Dtratio $< 1$ つまり遅れる。
また,$\frac{3}{2} r_1 < r$ なら Dtratio $> 1$ となり進む。

$r$ によって時計が(地上にくらべて)進んだり遅れたりすることをどう理解するか?
時計の進みに影響を与える効果は次の2つ:

  • 重力赤方偏移に起因する効果
  • 運動に起因する効果

ここまでは一般相対論的に厳密。ニュートン近似等なしで厳密に成り立っている。

地球の重力半径 $r_g$ は地球半径 $r_1$ や円軌道の半径 $r$ に比べて小さいので,$r_g$ について1次までのテイラー展開をとる。

国際宇宙ステーションの時計の進み方

国際宇宙ステーション ISS の時計は,地上の時計に比べてどれだけ進み方が違う?
宇宙ステーションでは時間がどのくらい遅れるのでしょうか?

地球のまわりの運動を考える場合は,地球の重力半径 $r_g$ が地球半径に比べて極めて小さいことから,数値的評価をする際には $r_g$ の1次までのテイラー展開で十分精度があると言える。

In [3]:
Dtratio1: taylor(Dtratio, rg, 0, 1);
Out[3]:
\[\tag{${\it \%o}_{3}$}1-\frac{\left(3\,r_{1}-2\,r\right)\,{\it rg}}{4\,r\,r_{1}}\]
In [4]:
delta: Dtratio1 - 1;
Out[4]:
\[\tag{${\it \%o}_{4}$}\frac{\left(2\,r-3\,r_{1}\right)\,{\it rg}}{4\,r\,r_{1}}\]
In [5]:
/* 地球半径 */
r1: 6378E3;

G: 6.674E-11$
/* 地球質量 */
M: 5.972E24$
/* 光速 */
c: 299792458$
/* 地球の重力半径 */
rg: 2*G*M/c**2$
Out[5]:
\[\tag{${\it \%o}_{5}$}6378000.0\]
In [6]:
/* ISS の軌道半径,約410km上空 */
r: r1 + 410.0E3;
Out[6]:
\[\tag{${\it \%o}_{10}$}6788000.0\]

1秒あたりの時計の進みの違いが delta であるから,1年あたりにするには秒数をかけて,float() 関数で小数点表示して…

In [7]:
/* 有効桁を 2桁くらいで表示させる */
fpprintprec: 2$
ans: ev(delta)*60*60*24*365.25, float$

if ans > 0 then
    print("ISS の時計は 1 年あたり", abs(ans), "秒 進む。")
  else
    print("ISS の時計は 1 年あたり", abs(ans), "秒 遅れる。")$
ISS の時計は 1 年あたり \(0.009\) 秒 遅れる。

参考

本稿執筆時点(2022/01/19)の閲覧では,Wikipedia の以下の日本語版と英語版で ISS の時間のズレが微妙に異なっているようである。いずれ修正・変更されるかもしれないので,本稿執筆時点でのスクリーンショットをつけておく。(追記:2023/11月時点で確認したところでは,日本語版がここで計算したとおりに「1年につき0.009秒遅れる」と変更されている。念のため,私が Wikipedia の数値を編集したのではないですよ。英語版の数値はそのまま。)

GPS 衛星の時計の進み方

GPS 衛星の時計の進みのずれは1日あたりどれくらいになるか?遅れる?それとも進む?

In [8]:
/* GPS 衛星の軌道半径。高度 20,200 km */
r: r1 + 20200E3$
/* 1秒あたりのオフセットは */
fpprintprec: 0$
ev(delta), float;
Out[8]:
\[\tag{${\it \%o}_{16}$}4.450282987909475 \times 10^{-10}\]
In [9]:
/* 1日あたりにすると */
fpprintprec: 4$
ans: ev(delta)*60*60*24, float$
In [10]:
if ans > 0 then
    print("GPS 衛星の時計は 1 日あたり", abs(ans), "秒 進む。")
  else
    print("GPS 衛星の時計は 1 日あたり", abs(ans), "秒 遅れる。")$
GPS 衛星の時計は 1 日あたり \(3.845 \times 10^{-5}\) 秒 進む。

地球の自転による効果

地上に設置した時計は,地球の自転により地軸の周りを円軌道を描いて運動する。この自転による速さが最大となるのは赤道で,その値を $V_e$ とすると,
自転速度による時間の進みの変化は,$\displaystyle \sqrt{1-\left(\frac{V_e}{c}\right)^2}$ のような項として現れる。$\displaystyle \left(\frac{V_e}{c}\right)^2$ の部分を数値的にあたってみると,

In [11]:
fpprintprec: 0$
Ve: float(2*%pi*r1/(24*60*60));
(Ve/c)**2;
Out[11]:
\[\tag{${\it \%o}_{21}$}463.8212487174931\]
Out[11]:
\[\tag{${\it \%o}_{22}$}2.393645743040008 \times 10^{-12}\]

となり,ISS や GPS 衛星の効果 ($\sim 10^{-10}$) よりも2桁小さいので,まぁ無視して良いであろう。

参考:世の中の教科書で説明されている GPS 衛星の時計の進み

世にあまたある教科書で説明されている GPS 衛星の時計の進み。例えば,以下の教科書:

  • 一般相対性理論入門 : ブラックホール探査

では,どのように説明されているか。