テスト粒子の軌道を決める式は,一般には解析的な厳密解を求めることができない。ここでは,粒子の軌道のいたるところで重力場が弱いという近似のもと,粒子の軌道を近似的に解くのだが,光の経路の場合と同様な摂動法により近似的に解くと,力学における「強制振動による共鳴」のような,単調増加する振幅を持つ項が出てくる場合がある。これはあまりよろしくない。このへんの事情について補足しておく。
シュバルツシルト時空中のテスト粒子の軌道を決める式
$\displaystyle s \equiv \frac{1}{r}$ とすると,「シュバルツシルト時空中の粒子(観測者)の運動」のページにまとめたように(適宜移項して)
\begin{eqnarray}
\left( \frac{ds}{d\phi} \right)^2 +s^2 -\frac{2GM}{\ell^2} s -r_g\, s^3&=& \frac{\epsilon^2 c^2 -c^2}{\ell^2}
\end{eqnarray}
これが粒子の軌道を決める式であった。
ここで,$\epsilon$ および $\ell$ は測地線方程式を解く際に得られた運動の定数であり,
$$ \frac{d x^0}{d\tau} = \frac{c\, dt}{d\tau} = \frac{\epsilon\, c}{1 -\frac{r_g}{r}}, \quad \frac{d x^3}{d\tau} = \frac{d\phi}{d\tau} = \frac{\ell}{r^2}$$
運動が有界であれば,
$$ \frac{1}{a(1+e)} \equiv \frac{1}{r_{\rm max}} \leq s \leq \frac{1}{r_{\rm min}} \equiv \frac{1}{a(1 -e)}$$
極値をとる点で $\displaystyle \frac{ds}{d\phi} =0$ であるから
\begin{eqnarray}
\left( \frac{1}{a (1+e)}\right)^2 -2 \frac{GM}{\ell^2} \left( \frac{1}{a (1+e)}\right) -r_g\, \left( \frac{1}{a (1+e)}\right)^3 &=& \frac{\epsilon^2 c^2 -c^2}{\ell^2} \\
\left( \frac{1}{a (1-e)}\right)^2 -2 \frac{GM}{\ell^2} \left( \frac{1}{a (1-e)}\right) -r_g\, \left( \frac{1}{a (1-e)}\right)^3 &=& \frac{\epsilon^2 c^2 -c^2}{\ell^2}
\end{eqnarray}
この連立方程式は以下のように解くことができる。(線形近似ではなく,厳密に解いているのであるが,結果は $r_g$ の1次までの形になっているのも興味深い。)
\begin{eqnarray}
\frac{GM}{\ell^2} &=& \frac{1}{a (1 -e^2)} -\frac{(3 + e^2) r_g}{2 a^2 (1 -e^2)^2} \\
\frac{\epsilon^2 c^2 -c^2}{\ell^2} &=& -\frac{1}{a^2 (1 -e^2)} + \frac{2 r_g}{a^3 (1 -e^2)^2}
\end{eqnarray}
$a, \, e$ は楕円軌道の場合には軌道長半径,離心率と呼ばれるが,ここでは $r_{\rm max}, \, r_{\rm min}$ から以下のようにして決められる定数であることだけを覚えておく。
\begin{eqnarray}
a &\equiv& \frac{1}{2} (r_{\rm max} + r_{\rm min}) \\
e &\equiv& \frac{r_{\rm max} -r_{\rm min}}{r_{\rm max} + r_{\rm min}}
\end{eqnarray}
軌道を決める式を2階微分方程式の形にして解く
このままでも近似的に解くことは可能であるが,両辺を \(\phi\) で微分して
\begin{eqnarray}
2\frac{ds}{d\phi} \frac{d^2s}{d\phi^2} &=& -2 \left(s -\frac{GM}{\ell^2} \right) \frac{ds}{d\phi} + 3 r_g s^2 \frac{ds}{d\phi}\\
\therefore\ \ \frac{d^2s}{d\phi^2} &=& -\left(s -\frac{GM}{\ell^2} \right) + \frac{3}{2}r_g s^2 \\
&=& -\left(s -\frac{1}{a (1 -e^2)} +\frac{(3 + e^2) r_g}{2 a^2 (1 -e^2)^2} \right) + \frac{3}{2}r_g s^2
\end{eqnarray}
として,こちらを近似的に解く方法を紹介する。なんでもう1階微分して,この2階微分方程式にしたかというと,みてわかるように,全体を見わたすと懐かしい単振動の方程式に補正項がついた形になっていて,ひょっとしたら解きやすいかも… と思われるからである。
積分定数を決める初期条件
ただし,このままだと本来1階常微分方程式だから解は積分定数を1個持つはずが,もう1階微分して2階微分方程式となったので解は積分定数を2個持つことになってしまう。
微分の階数を人為的に上げたことで現れることになってしまった余分の積分定数も決めるための初期条件として,以下を採用する。
- $\phi = 0$ で $r$ は最小値 $r_{\rm min} = a(1-e)$ をとる。すなわち
- $\phi = 0$ で $\displaystyle \frac{ds}{d\phi} = 0$ および
- $\phi = 0$ で$\displaystyle s = \frac{1}{r_{\rm min}} = \frac{1}{a(1-e)}$
1階常微分方程式のままで解く場合は,積分定数1個を決める初期条件はひとつのみでよい。
弱重力場近似:\(r_g\) のゼロ次解
粒子の軌道のいたるところで重力場が弱いという状況では, \(\displaystyle 0 < \frac{r_g}{r} = r_g s \ll 1\) としてよい。上の式で $r_g$ の項を無視した場合の解を $s_0$ と書くと
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 s_0}{d\phi^2} &=& -\left(s_0 -\frac{1}{a (1 -e^2)} \right)
\end{eqnarray}
これは大学に入って最初に習う微分方程式の一つであり,一般解は脊髄反射で以下のように解ける。
$$ s_0 – \frac{1}{a(1-e^2)} = A \cos\phi + B \sin \phi$$
積分定数 \(A, B\) は以下のようにして決定する。
- \(\phi = 0 \) で \( \displaystyle \frac{ds_0}{d\phi} = 0 \) より,\(B = 0 \)。
- $\phi = 0$ で $\displaystyle s_0 = \frac{1}{a(1-e)}$ より,
\(\displaystyle A = \frac{e}{a(1-e^2)} \) と求められる。
まとめ:\(r_g\) の項を無視したときの解を \(r_g\) のゼロ次の解ということで以下のように \(s_0\) と書く。
$$s_0 =\frac{1}{r} = \frac{1 + e\cos\phi}{a(1-e^2)} $$
つまり,
$$r = \frac{a(1-e^2)}{1 + e\cos\phi}$$
ということで,確かに楕円になっている。
弱重力場近似:\(r_g\) の1次の非同次項
\begin{eqnarray}
s &\equiv& s_0 + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1 \\
&=& \frac{1 + e\cos\phi}{a(1-e^2)} + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1
\end{eqnarray}
とおいて上記の微分方程式に代入し,\(r_g\) の1次の項をとると
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 s_1}{d\phi^2} + s_1 &=& -\frac{3 + e^2}{2} + \frac{3}{2} \left\{ 1 + 2 e \cos\phi + e^2 \cos^2 \phi\right\}\\
&=&-\frac{e^2}{2} + 3 e \cos\phi + \frac{3 e^2}{2} \cos^2 \phi
\end{eqnarray}
これは,非同次2階線形常微分方程式なので,光の経路の場合と同様に同次方程式の2つの基本解とロンスキアンを使って非同次方程式の特殊解を求める公式を使えばいいので,答えは(同次方程式の基本解に比例する項を除いて)
$$s_1 = \frac{3}{2} e\, {\color{red}{\phi }} \sin\phi + \frac{1}{2} e^2\, \sin^2 \phi$$
となるが,問題となるのは,単調増加する振幅 $ {\color{red}{\phi }}$ をもつ「強制振動による共鳴」解にあたる項 $\displaystyle \frac{3}{2} e\, {\color{red}{\phi }} \sin\phi$。
力学的には,共鳴とは系の固有振動数に等しい外力を受けて振幅が増大する現象である。2階常微分方程式を解く立場からみると,共鳴とは同次方程式の基本解に比例する非同次項による特殊解のことである。
本来,$r_g$ の項は小さいとして摂動法により近似解を求めてきたのに,出てきた解は単調増加する振幅を持つのであれば,「小さい」という前提条件がやがて破綻してしまう!
なので,これはよろしくない解法例である。
あえてこの解を使う場合は,以下のように $e$ の1次の項をアクロバチックに変形して近点移動を出す荒技を駆使しているテキストもある。
\begin{eqnarray}
s &\equiv& s_0 + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1 \\
&=& \frac{1 + e\cos\phi}{a(1-e^2)} + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} \left\{ \frac{3}{2} e\, {\phi } \sin\phi + \frac{1}{2} e^2\, \sin^2 \phi \right\} \\
&=& \frac{1 }{a (1-e^2)} + \frac{e^2\, \sin^2 \phi }{2 a^2 (1 -e^2)^2}r_g \\
&& + \frac{e}{a (1-e^2)} \left\{ \cos\phi \cdot {\color{green}{1}} +
\sin\phi \cdot {\color{blue}{\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}}\right\} \\
&\simeq& \frac{1 }{a (1-e^2)} + \frac{e^2\, \sin^2 \phi }{2 a^2 (1 -e^2)^2}r_g \\
&& + \frac{e}{a (1-e^2)} \left\{ \cos\phi \cdot {\color{green}{\cos\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}} +
\sin\phi \cdot {\color{blue}{\sin\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}}\right\} \\
&=& \frac{1 }{a (1-e^2)} + \frac{e}{a (1-e^2)} {\color{red}{\cos\left(1 -\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)} \right) \phi}} + \frac{e^2\, \sin^2 \phi }{2 a^2 (1 -e^2)^2}r_g \\
&\equiv& \frac{1 + e\, {\color{red}{\cos\gamma\,\phi}}}{a (1-e^2)}+ \frac{e^2\, \sin^2 \phi }{2 a^2 (1 -e^2)^2}r_g \\
&&\quad \gamma \equiv 1 -\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}
\end{eqnarray}
ここで,$r_g$ の1次までの近似で以下のようになることを使っている。
\begin{eqnarray}
{\color{green}{\cos\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}} &\simeq& {\color{green}{1}} \\
{\color{blue}{\sin\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}} &\simeq& {\color{blue}{\left(\frac{3 r_g}{2 a (1 -e^2)}\phi \right)}} \\
\cos x \,{\color{green}{\cos y}} + \sin x \,{\color{blue}{\sin y}} &=& {\color{red}{\cos (x -y)}}
\end{eqnarray}
弱重力場中の粒子の軌道の近似解法(よろしくない例)で「強制振動」解が現れることを Maxima で確認
\begin{eqnarray}
s &=& s_0 + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1\\
&=& \frac{1 + e \cos \phi}{a (1 -e^2)} + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1
\end{eqnarray}
とおいて
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 s}{d\phi^2} &=& -\left( s -\frac{GM}{\ell^2} \right) + \frac{3}{2} r_g s^3
\end{eqnarray}
に代入し,$r_g$ の1次の項をとると
$$\frac{d^2 s_1}{d\phi^2} + s_1 = -\frac{e^2}{2} + 3 e \cos\phi + \frac{3 e^2}{2} \cos^2 \phi$$
これを Maxima で解いてみる。
eq1: 'diff(s1, phi, 2) + s1 = -e**2/2 + 3*e*cos(phi)+3/2*e**2*cos(phi)**2;
sol: ode2(eq1, s1, phi);
積分定数 $\%k_1, \%k_2$ に比例する項は同次方程式の基本解だから,非同次方程式の特解部分は
tokkai: rhs(sol), %k1 = 0, %k2 = 0, trigexpand;
expand(%);
以上のように,$\varphi \sin\varphi$ という単調増加する振幅 $\varphi$ をもつ「強制振動」解があらわれるのは,同次方程式$$\frac{d^2 s_1}{d\phi^2} + s_1 =0$$ の基本解の一つである $\cos\varphi$ に比例した項が非同次項となっていることが理由である。
弱重力場中の粒子の軌道の近似解法(よろしくない例)で「強制振動」項が現れることを SymPy で確認
\begin{eqnarray}
s &=& s_0 + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1\\
&=& \frac{1 + e \cos \phi}{a (1 -e^2)} + \frac{r_g}{a^2 (1 -e^2)^2} s_1
\end{eqnarray}
とおいて
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 s}{d\phi^2} &=& -\left( s -\frac{GM}{\ell^2} \right) + \frac{3}{2} r_g s^3
\end{eqnarray}
に代入し,$r_g$ の1次の項をとると
$$\frac{d^2 s_1}{d\phi^2} + s_1 = -\frac{e^2}{2} + 3 e \cos\phi + \frac{3 e^2}{2} \cos^2 \phi$$
これを SymPy で解いてみる。
モジュールの import
from sympy.abc import *
from sympy import *
s1 = Function('s1')
eq1 = Eq(Derivative(s1(phi), phi, 2) + s1(phi),
Rational(1,2)*(-e**2 + 6*e*cos(phi) + 3*e**2*cos(phi)**2))
eq1
sol = dsolve(eq1, s1(phi))
sol
積分定数 $C_1, C_2$ がついているところが同次方程式の基本解。それ以外の
$$s_1(\phi) = \frac{e^2}{2} \sin^2 \phi + \frac{3 e}{2} \phi\, \sin\phi$$
が非同次方程式の特殊解。