2016年10月24日〜26日に、オージェ電子分光装置に関するセミナーが(当時の)本学機器分析センター主催で行われました。それを受講したときのメモを公開してみます。
0.概要
初日は座学形式、2日目からは各ユーザの案件に対応する形で行われました。講師は、日本電子(株)SA事業ユニットSAアプリケーション部の主査であった堤建一さんでした(所属や肩書きは2016年当時のもの)。
本記事では、座学で扱った内容を中心にまとめます。【私のメモに基づいているので、普段の記事以上に勘違いなどを含みうる点はご注意ください。】
1.試料の状態
- 研磨加工の方法によっては、チャネリングコントラスト(結晶粒ごとの方位の違いによるコントラスト)が見えなくなる。ダイヤモンドではどんなに上手にやっても歪み層が 200 nm ほど生じる。コロイダルシリカを用いてもその 1/10 ぐらいはある。クロスセクションポリッシャー(CP)であればそのような問題は生じない。
- 数秒程度のArスパッタリングであっても、それによって元素濃度は著しく変わることがある。選択スパッタリングという効果によるものである。
- 翌日の個別案件で、試料表面が有機物に覆われて C のピークしか見えないことがあった。そのときには表面をスクラッチすることを推奨していた(薄膜試料ではなかったので)。実際そうすることで目的のピークが見えるようになった。
- 電子線が試料にダメージを与えることがある。そのほとんどは、電子ビームをデフォーカスする(電流密度を下げる)ことで抑制できる。
2.絶縁物分析
- 絶縁物分析は、当時(2016年)の10年前はできないとされていたが、その当時ではどうにかして分析する方法があるとされていた。試料傾斜法と中和法がある。
- 測定対象が絶縁物である場合には、試料傾斜法で測定できる(ことがある)。試料の傾斜を大きくする(=電子の入射角を小さくする)ことで二次電子発生量が増大し、かつ入射電子の残留が少なくなる(この両者は独立に寄与する)。結果的に二次電子発生量が入射電子量より大きくなることで、試料表面の帯電を防ぐ。
- 測定対象に導電性があるがその周辺が絶縁体である場合(樹脂基板上の電極など)には中和法で測定できる(ことがある)。その際のArイオンビームはあまりたくさん照射する必要はない。
- 絶縁体のエッジが非常に強い電場を生じる。試料をアルミホイルで覆ってエッジを露出しないのが効果的。
- その場合試料表面がAlで汚染される心配をするかもしれないが、通常の分析では気にしなくてよい。仮に試料表面に付着しても「点」での付着になるので、それを避けて分析すればよい。紙などの繊維も同様。一方で薬包紙の油分やビニールなどは「面」で付着してしまうのでよくないことがある。
- 細長い試料の場合は、サンプルの向き(検出器との相対的な向き)にも気をつける。
- 一般に、SEMにおける帯電は「かわいい」(10 eV くらいずれても像は見られる)。一方でオージェ分析では、1 eV のずれが致命的になることがある。
3.化学状態分析
- AESとXPSのピークの最大の違いは、価電子帯が寄与しているか否か、である。XPSでは内殻電子だけが寄与するが、AESでは価電子帯に存在していた電子を検出する。
- 価電子が少なく、そのほとんどが結合に寄与している元素(CとかSiとか)では、XPSの方が断然に化学結合状態を判別しやすい。一方で遷移元素では、たくさんある価電子の一部しか結合に寄与しないため、内殻電子への影響が小さくなる。そうなるとXPSよりもAESの方が化学結合状態の判別が容易だったりする(AESでは価電子の数が多いほどピーク強度が増すという効果もある)。
- 別の状態にある同じ元素についてマッピングを行うことが可能な場合がある。事例として挙げられていた BN と TiN では、Nのピーク位置に 2.4 eV の差があった。
- ちなみにマッピングを行うときは、検出器をCAEモード(M1モード)で使うのがよい。ピークに近いバックグラウンドの位置で感度の調整を行う。
3日目に、化学状態の違いも意識したデプスプロファイル測定を行いました。
- まずは予備測定を行い、深さや元素の目星をつけた方がよい。このときは、M5モード(強度重視のモード)、30 nA、 2 eV ステップで dwell 20 ms x 2回スイープした。エッチングも高レート条件で行った。
- 予備測定の後で、エッチングのエッジ(崖)の部分で点分析を行う。それにより、途中に出てくる元素の取りこぼしを防ぐことができる。
- 平面的な変化のないサンプルであれば、ビームをデフォーカスさせて 50 μm 程度に広げることで局所的な偏析の影響を除くことができる。
- 本測定はM3モード(強度よりエネルギー分解能を重視するモード)で行った。照射電流を 200 nA に設定して強度の減少を補った。0.2 eV ステップで、dwell 100 ms x 2回スイープした。
- 元素によっては低エネルギー部と高エネルギー部にピークが見える。化学状態の変化は低エネルギーピークの方がわかりやすいが、100 eV 以下では他のピークとの重なりも起こりやすいので、そこはケースバイケースで選択する。
- 測定後にピーク分離処理を行うので、ピークが近接しているところはROIをまとめて設定してよい。
4.反射EELSスペクトル
オージェ電子分光装置を使って、EELS(電子エネルギー損失分光)スペクトルを測定することができます。EELSの中でも反射EELS(REELS)と呼ばれるものになります。
- EELSで見られるピークには、near zero loss ピークと core loss ピークがある。今回測定したグラフェンで言うと、前者は価電子によるエネルギーロスで、 5 eV あたり(π* による吸収?)と 30 eV あたり(σ* による吸収?)に現れる。後者は内殻電子(1s?)によるもので、300 eV あたりに現れる。特に core loss はバックグラウンドが大きいので、たくさん積算する必要がある。
- ここでは near zero loss ピークを見た。加速電圧を 2 kV、検出器を pass energy が 10 eV のCAEモード(M1モード)に設定した。スキャンは、0.1 eV ないし 0.2 eV ステップで行うのがよい。
- EELSピークに対してもマッピングが可能である。このときは低倍率だったので、上下でのフォーカスのずれを避けるため、試料傾斜(Tilt)を0°にして行った。ただしカウント数は落ちる。【これは通常のオージェピークに対するマッピングでも同様である。】
- EELSピークは電子の入射角に依存するかとの質問があった。「表面感度や方位の変化によって変わる可能性はあるが、報告例はない」との回答であった。