トノサマバッタの緑茶多型制御に関する論文がpublishされたので、その背景などを少し記しておこうと思います。
この論文は弘前大学のオープンアクセス(OA)助成制度を利用できたので、OAで公開されています。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/arch.70044
バッタ類の体色多型は一般の人にもよく興味を持たれる現象で、毎年マスメディアから問い合わせが多くあります。
バッタ研究で著名な田中誠二博士の成果などにより、環境による制御やホルモンによる制御など多くのことが明らかにされましたが、依然としてわからないことも多くあります。
田中さんはサバクトビバッタを使って、環境要因がバッタの体色に与える影響を詳しく調べて報告しています。
同様に、トノサマバッタでも多くのデータを集めたが、一貫した結果にならず、泣く泣くお蔵入りしたという話を聞いていました。(ホルモン制御の方はガッツリ論文化されています)
トノサマバッタの体色制御機構は複雑で、その解明は一筋縄ではいかないようです。
私も興味をもっていたものの、そういった事情を知っていたのであまり深く手を出さずにいました。
その後、弘前大学に着任して、廣田くんが配属されてきました。
廣田くんは虫の飼育が好きなので、個人的にいろんな方法でバッタを飼育していたようでした。
飼育の仕方に依って、トノサマが鮮やかな緑になるメカニズムに興味を持った様子で、「トノサマの体色の研究もやっていいですか?」と尋ねられたので、是非是非やりましょうと答えました。
しかし、廣田くんは当時他に研究テーマを持っていたし、難しい研究になることが想定されたので、「結構複雑で、難しいと思うよ」ということは伝えておきました。
ちょうどその頃、あまり使われていない古い人工気象器をいくつか使わせてもらえるようなったのでした。(これは本当に有り難かった。歴史ある農学部はこういうことがあるから大好きです。)
温度や光の制御実験ができるようになったのもあり、廣田くんがどんどん実験を進めました。
途中から私も実験に参加するようになり、田中さんからも重要なアイディアを沢山もらいながら進めました。
廣田くんは修士課程が終わって、一度大学を離れることになったのですが、その時までに論文化するにはもう一押し実験が足りませんでした。新しく加入した渡邉くんに手伝ってもらいながら追加の結果を出し切ったのでした。
この研究には、高価な試薬など用いませんし、古い人工気象器を借りながらおこなった、非常にエコな研究となりました。
しかし、実験自体はデザインや解釈を含めて非常に複雑です。
こういった実験をやったことがない人にはなかなか伝わらないと思いますが、一つ要因を変化させると、それに付随して他の要因も変化するので、それをデカップリングするために、また別の要素を追加する必要があるといった具合になります。
また、解釈もあらゆる可能性を想定するので(こういう研究は分子や生化学実験と違って全てを制御できないので)、非常に難解です。。
餌由来の視覚情報(色)をバッタに与えないために、あえて暗期に餌を与える処理をしていたのですが、あろうことか、「明期に餌を食べるということが緑体色発現に有効だ」というのが、複雑な結果を招く事の顛末でした。
こういった要因が重要だとは、だれも想定していませんでした。
しかし、はっきりと結論が出きった訳ではないので、何か良いアイディアを持った人々が参入するとよいと思います。
人工気象器がある研究室であれば、ほとんどお金をかけずに実験できます。(実験自体は大変で、実験期間中は生活の大半を研究に捧げました。。)