この投稿では、Landslides誌に掲載された下記の論文について紹介します。
論文の概要
活火山周辺では、火山活動によって作られた急峻な地形、火山噴出物などの脆弱な地層、噴気活動に伴う岩石の腐蝕・強度低下により多くの地すべりが発生します。このような活火山で発生する地すべりをモニタリングすることは防災上重要ですが、無数に存在する可能性がある地すべりを地上における観測により網羅的に観測することは難しいことに加えて、噴気活動により観測機械が腐蝕してしまうという火山特有の問題もあります。一方で、近年、地震や火山活動の観測に広く使われるようになった人工衛星搭載の合成開口レーダー(Synthetic Apature Radar: SAR)のデータを用いた干渉解析(以下、干渉SAR)では、地上に観測点を設ける必要がなく、地表面をスキャンする様に面的に変位を観測することができます。本研究では、この干渉SARを用いて、神奈川県の箱根火山大涌谷周辺において、地すべり性の変位を検出し、その詳細を明らかにしました。
本研究では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する陸域観測技術衛星「だいち2号」が取得したデータを用いました。だいち2号は、平時は衛星進行方向に対して右側方向を観測しています。干渉SARでは、1回目の観測と2回目の観測の間の衛星視線方向の変位(衛星に近づいたか、遠かったか)を得ることができます。衛星が北に移動する際と、南に移動する際にそれぞれ地表を観測しますので、平時は2方向の観測データが定期的に取得されています。一方で、だいち2号は衛星進行方向の左側を観測することもできますが、緊急時を除いては通常は行われません。2020年にだいち2号により全国的に左観測のデータを更新する観測が実施されましたので、箱根火山においては約3年ぶりに左観測のデータが取得されました。したがって、3方向からの変位データが取得可能となり、これにより箱根火山周辺における3次元変位を推定することが可能となりました。
解析結果を以下の図に示します。下図の(a)の図は、箱根火山大涌谷周辺における地表面の変位を示したもので、色は上下変位(青系が沈降、赤系が隆起)、ベクトルが水平変位を示します。大涌谷周辺では、顕著な箇所で北北西方向に3年間で約15cmの水平変位が認められます。この方向は、斜面の傾斜方向に対応すること、既存の地すべり地形(下図の(b))と対応することから、地すべり性の変位を見ているものと考えられました。
(a)干渉SARから推定した大涌谷周辺の 約3年間の3次元変位、(b)傾斜区分図に水平ベクトル(黄色)を重ねた図。緑色は既存の地すべり地形。
本研究では、(a)に示した3次元変位から、この場所の地下における変形集中域を推定する解析も実施し、地すべり面と考えられる円弧状の変形集中域があることも明らかにしました。また、この変位の時間変化を追うために実施した干渉SAR時系列解析の結果からは、この変位が2015年の水蒸気噴火後から開始したこと、降水量などに対応して変位が加速していることなどを明らかにしました。
大涌谷においては、元々地すべりの存在が知られており、地下の地質調査や、対策工事・モニタリングなどが実施されてきましたが、今回検出した地すべりは、観光地側とは反対の斜面であるとことから、十分なデータは得られていませんでした。今回、干渉SARの解析により、この場所の地すべり性変位の存在を明らかにするとともに、その原因の考察を行うことができました。今後は、この地すべり性の変位についてモニタリングをしていくことが防災上重要であると考えられます。
謝辞
ALOS-2による観測データは火山噴火予知連絡会を通して、JAXAよりご提供いただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
なお、下記のURLから本論文のView-only(閲覧専用)バージョンもご覧にいただけます(所属機関でジャーナルを購読していない方向け)。