イナゴという呼称が指す生物が人によって異なるので、私なりに(私見を)整理しておきたいと思います。
まず、昆虫学的に言うと、「イナゴ」にはトノサマバッタは含まれません。
「イナゴ」とは、これまで食用で用いられてきたコバネイナゴなどのイナゴ亜科の種を指すか、もっと広く捉えるとツチイナゴ亜科なども含むことがあると思います。
トノサマバッタ亜科とは別物です。
田んぼで多く取れるバッタを「イナゴ」と呼ぶ使い方は、コバネイナゴを指す場合が多く、なんら問題ないと思います。
一方で、大発生して飛来し、一帯の植物を食べ尽くした後に、飛翔して別の地へ去っていくバッタのことを、日本ではしばしば「イナゴ」と呼びます。
これは、昆虫学的に誤りだと思います。
このようなバッタの被害は日本ではあまり多くない(一部、北海道や石垣島、宮古島などで報告あり)ため、海外のバッタを指して、「イナゴ」と称していることをよく見かけます。
中国の事例の場合は、トノサマバッタであることが多く、西アフリカからパキスタンまで至る地域のバッタは、サバクトビバッタであることも多いかと思います。
これらの、いわゆる相変異を示すバッタを「locust」と呼び、grasshopperとは使い分けることも多いのですが、日本では、「locust」のことをイナゴと呼びがちです。
私たちは、「locust」のことをトビバッタと訳しています。
ワタリバッタと訳されることも多いですが、トノサマバッタは英語で、migratory locustと呼ばれるため、直訳するとワタリバッタとも言うことができます。
その点、少し紛らわしいので、トビバッタの呼称を用いています。
小西正泰先生の記述を参照すると、locustとイナゴの混乱は聖書の誤訳が関係するように思われます。(虫のはなしIII, 技報堂出版)
小西先生はサバクトビバッタを指す一般語としてlocustと原典に記されているものを、イナゴと訳したことに問題があると述べられています。
日本で蝗が指す昆虫と中国で蝗が指す昆虫が異なり、そして明治初期に蝗をイナゴと訓読みさせたのがさまざまな混乱の元凶のようです。
サバクトビバッタはツチイナゴ亜科なので、イナゴと言っても間違いでない気もしますが、使い手はツチイナゴ亜科という意識はなく、locustをイナゴと訳しているだけでしょう。
「トビバッタ」という呼称は、あまり馴染みがないと思いますので、一般にはlocustを単に「バッタ」と呼べばいいような気がします。イナゴと呼ぶと、バッタの中でもさらに限定した種を指します。
少し話がずれますが、北米の17年ゼミのことを、17-year locustと誤称されることが多いため、米国ではcidada(セミ)のことをlocustと呼んでしまうということが起こるようです。
昆虫の分類とは無関係な世界で、人々はそれぞれの生き物をなにかしらの名前で呼称してきたわけですから、色々と齟齬が生まれますね。
私は分類に関して専門家ではないので、何か間違いがあればご指摘ください。