弘前大学国語国文学会第65回大会 発表要旨
研究発表 小森 香好 (弘前大学人文社会科学部 学部4年)
【題目】青森県平川市方言の伝達のモダリティを担う文末詞「ロ」について
【内容】
本研究は、津軽方言(平川市方言)における文末詞「ロ」の機能を明らかにし、平川市方言の文末詞の記述、そして津軽方言のモダリティ研究に貢献することを目的とする。
文末詞「ロ」は、凡そ標準語の「よ」の意味に対応し、「マデ ロ コーコレ=∅ズカン=∅ カガル=ダ=ネ(大槻2018)」「ドセ マンダ ネ-デル=ネ= ロ (内省)」のような、話し手が聞き手の関心を引きたい場面で使用される。また、「ロー ダハンデ イッタッキャサ(柏農女子津軽弁マスキングテープ)」といった間投用法も併せ持つ。
本研究では、筆者の内省及び平川市方言の母語話者を対象に、「ロ」の用法に関して、エリステーションによる調査を実施した。そして、調査を踏まえて「ロ」の形式(接続、文タイプ、イントネーション、待遇など)を記述したのち、「ロ」と範列関係にあると思われ る文末詞「ジャ」との比較を行った。
講演1 片岡 美有季 (弘前大学人文社会科学部 助教)
【題目】「従軍看護婦」の手記から見るアジア太平洋戦争下の戦時性暴力
【内容】
アジア太平洋戦争では、兵士と同様に「従軍看護婦」も「赤紙」で召集された。ソ連での抑留や中国人民解放軍への強制編入で帰国が叶わず、戦後になってもなお、「外地」で労働を強いられた看護師もいる。彼女たちは戦時下に、兵士と同じく国家権力によって召集されたにも拘わらず、戦場における暴力については兵士の軍隊経験に比して検証されてこなかった。とりわけ、「従軍看護婦」をめぐる戦時性暴力については未だ明らかにされていない。
そこで本発表では、「半生記」として綴られた「従軍看護婦」の手記に着目し、彼女たちの従軍経験がいかなる方法で語られ、どのような特質を有しているのかを検証する。手記の多くが晩年に書かれた「半生記」であることには、晩年になって初めて語り得た戦争経験があろうと考える。一人称回想形式で語られる手記の構成やレトリックの分析を通して、戦時性暴力のありようを具体的な個人に根差した問題として明らかにする。
講演2 劉 青 (弘前大学人文社会科学部 助教)
【題目】白隠禅師の健康法と仏道交渉
【内容】
白隠慧鶴(1685-1768)は、江戸中期の禅僧で、臨済宗中興の祖と称されている。34歳で松蔭寺の第5代住職となり、42歳で大悟を得た後の40年間、禅宗を改革し、統一と復興を果たすことで、中興の偉業を成し遂げた。白隠は26歳の時に過労が原因で病に倒れたが、その後、京都で白幽仙人に出会い、療病と養生を学び、健康を回復した。白隠は『夜船閑話』『遠羅天釜』といった仮名法語集を著し、その中で、独自の健康法「内観法」と「軟酥法」を説明した。白隠の健康法からは、禅宗の影響だけでなく、道教内丹術の影響も多く見受けられる。本発表では、白隠禅師の著作『夜船閑話』における呼吸法や導引法、および療病や養生に関する思想を整理・分析し、道教文献、医学文献との比較を通じて、白隠の思想形成や近世の仏道交渉の諸相について考察する。
講演3 市地 英 (弘前大学教育学部 助教)
【題目】享保七年『官刻六諭衍義大意』の平仮名字体
【内容】
近世期の教科書である往来物は、手習いを目的としたものが存在し、人々がどのような変体仮名を読み書きしえたのか推定する資料となる。その中で、徳川吉宗により手習いの手本として奨励された往来物『官刻六諭衍義大意』(享保7)は、本文における平仮名字体の使用種類が、同時期に流行した小説よりも多い水準の表記であったと分かっている。
この『官刻六諭衍義大意』には振り仮名がつけられている。振り仮名の平仮名字体の種類は本文と同等であるとはいえず、文字が小さいことや、本文の補助といった表記の性質の違いゆえに、使用種類が限られる可能性がある。そこで、本発表では、本文と振り仮名における平仮名字体の種類及び、実用上の必須字体などとの比較を通して、『官刻六諭衍義大意』の平仮名字体の使用実態を総合的に俯瞰する。これにより、当該本の使用者に前提とされた平仮名字体のリテラシーがどのようなものだったのかを考察する。